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空と星と私達

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キツネビトにまつわるとても優しいお話(1/6)

キツネビト。
八百万の神々が住まうことで有名なかの国に古くから根付いている種族である。
その一柱、狐の神に仕え山奥に居を構えていた。深淵とした森の中で彼らは狩りを主として静かに暮らしている。彼らの生活はとても平和だった。
そう、平和だった。長い年月の間、彼らに与えられていた平和と秩序は時をして奪われることになってしまう。
異国の地より入ってきた唯一神を崇める者たちによる戦争であった。異教徒狩りとも呼べるそれは歴史の中においても無残で目に余るほどの凄惨な事件として扱われている。
一方的な力の振る舞い、略奪、一部の者は犯され、殺され、キツネビト達は生活の場を追われていった。
その目を覆うほどの日々も終焉を迎えるのだが、終焉という名の楔を打ったのは皮肉にも同じ宗派の穏健派と呼ばれる人達であった。過激派と呼ばれた彼らには世界的な批判が相次ぎ、その事件が明るみに出た日を境に彼らは表舞台から姿を消していく。
裁判にかけられたとも、粛清されたとも言われ、実際のところ真相を知る者は少ないという話だ。
その後、穏健派はキツネビトが住まう森のはずれの村に彼らは腰を下ろしてひっそりと活動を行っていた。なんでも過激派の不穏な行動を監視するためのものらしい。
キツネビトとの溝は深く、穏健派の謝罪を受け入れることなく今でも彼らは集落に足を踏み込むことさえ許されていない。
この戦争から百年後、このお話は始まることになる。
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キツネビトにまつわるとても優しいお話(2/6)

とある深い森の中で、一人の少女が元気よく駆け回っている。
彼女は初音ミク。キツネビトの末裔にして一番のお転婆として評判である。彼女にとって森の中は最高の遊び場だ。
同じ年頃の友達とはよく追いかけっこをする仲である。今日も散々駆け回り、つい先ほど別れたばかりだ。
程よい疲労感が彼女を支配しているが、彼女は走り続けていた。時は夕暮れ、日もだいぶ傾いてきている。
森を抜けだした先は開かれており、とても見晴らしの良いところだ。そこから眺める夕日がミクのお気に入りである。赤みがかった太陽を眩しそうに見つめ、ミクは太陽が沈むさまをしばらく眺めていた。
こうしていると心が静まり、時折流れる風が素肌に張り付いて身体を冷ますようでとても心地よい。
深く静かな森が夜を迎え入れようと木々がざわめき始める。これ以上暗くなる前に、ミクは帰路へ着こうとその場を離れていった。
と、その前にミクは少しだけ寄り道しようと人里近い森へと向かっていく。たとえ夜が深くなろうと、この森はミクにとって庭みたいなものだ。よほどのことがない限り道に迷ったりすることはないだろう。
人里を見渡せる木のてっぺんから村の人たちの生活を覗いていく。夕焼け小焼けのわらべ歌を背景に子供たちが、仕事帰りの大人たちがそれぞれ帰路についているところだった。
人々の喧騒が心地よく耳に届いてくる。自分たちの生まれ育った集落も好きではあるが、このような外の世界もまたミクにとって羨ましいと感じてしまうものらしい。
しかし、視線を伸ばした先にある建物にミクは体を強張らせてしまう。そこには荘厳とした教会が一つそびえ立っていた。
ミクの脳裏に親から聞かされている言い伝えがよみがえってくる。それは祖先の身に起きたとても不幸な話だ。
彼らに刻まれた傷はあまりにも深く、百年近く過ぎた今でもその傷は癒えていない。何より交流を断絶して閉ざされた空間に引きこもったことが最大の要因といえるだろうが。
小さいころから聞かされたその話が、知らず知らずのうちに心のうちに根付いて恐怖となって前に進むことを躊躇わせる。
物思いにふけりながら辺りを見回せば、いよいよ一番星が瞬き始めるくらいには空が藍色に染まっていた。
そろそろ夕餉の時刻だ。今日の夕餉はなんだろうとミクは急いで駆け出し始める。辺りはすっかり暗くなっていたが、それでも大丈夫だろうと近道を通っていく。少し焦りがあったのかもしれない。
それがいけなかった。

「…っ!?」

いきなりの激痛に足が止まり、ミクは思わずしゃがみこんでいた。暗がりの中痛みが走る足の方に手を伸ばすと何やらごつい感触が伝わってきた。動物用の罠だ。
痛い、暗い、助けて…。
じわじわと血液を失っていく喪失感、急激に熱く感じてしまう傷口。それらがミクから冷静な判断力を奪わせる。半ばパニックになり、無理やり足に喰い込んだ罠を外そうと手をかけるがなかなか外れない。
痛み、焦り、声にならない悲鳴を上げてミクはうずくまっていた。すでに太陽が沈んでおり、人が現れる気配は感じられない。
誰も助けに来ないという絶望感がミクを支配する。半ば気絶するように倒れ込み、ミクは薄れていく意識の中で涙を浮かべていた。

キツネビトにまつわるとても優しいお話(3/6)

うっすらと瞳を開けた先は淡く優しい光に包まれていた。
時間的にはそれほど時間はたっていないはずだ。もしかして夢だったのだろうか。

「…っ!?」

しかし、目を覚ました突如に襲い来る痛みが夢ではないと告げている。
ゆっくりと起き上がればそこはベッドの上だった。着ている服もいつも着ている和服ではなく、白く簡素な病院着のようなものだ。
痛みが気になり、被せられていたシーツを剥いでみると丁寧に包帯を巻かれて手当てをされていた。
ここはどこなのだろう。誰かに助けられたのだろうか。
疑問は次々と湧いてくるが、今はじっとしている方が良さそうだ。ミクはもう一度ベッドに寝転んで、事の成り行きを見守ることにする。

…ガチャ。

その時、不意に扉が開く音がして、ミクは思わずそちらの方に目を向ける。
姿を現したのは修道服に身を包んだ女性であった。桃色の長い髪が印象的で、自分達とはかけ離れた奇抜な服装が外の世界の人間だと示している。
ミクはその姿に見覚えがあった。百年前の惨劇、キツネビトを迫害した連中である。小さいころ嫌というほど聞かされ、子供たちの間で度胸試しとして見に行っていたということもありよく覚えている。
すでに過激派と呼ばれた連中は姿を消していたが、それでも祖先を迫害していたという事実はミクの中で恐怖として植えつけられていた。

「気が付いたんですね」

柔和な笑みを浮かべて、彼女は静かに扉を閉める。閉じ込められたと勘違いして、ミクは慌てて起き上がると壁を背に思い切り睨み付けて威嚇していた。
一方で警戒されてしまっているルカは困ったように眉をひそめてしまう。目の前の彼女―ミクの怯え方は異常だ。
ミクの姿には見覚えがある。昔、過激派と呼ばれていた連中が迫害していたされるキツネビト。彼らに危害が及ばないようにこうして派遣されてきたわけだが、こうして顔を合わせるのは初めてのことだ。
百年近くたった今でも彼らに深く刻まれた傷は癒えてないのであろうか。
もっとも、あの事件から身を隠すためにさらに森の奥深くに潜り込んだのだから無理もない話であるが。
とにかく、今の現状はいい状態とは言えない。
錯乱しているかのようにミクの瞳は焦点が合ってなく、まるで獣を彷彿させるような唸り声を上げている。
ただでさえ怪我をしている身にこれ以上の負担は望ましくない。どうにかして落ち着かせようとルカはミクに手を伸ばす。

「…ひっ!?」

しかしそれがいけなかった。伸ばした手がミク自身を捕まえるものと勘違いさせて、さらに怯えさせてしまう。
短い悲鳴を上げてなんとか逃れようとするが、この狭い部屋だ。いずれ捕まってしまうかもしれない。
こわい、コワイ、怖い。
もはやミクの精神は正常といえる状態ではなかった。ぐるぐると、ぐちゃぐちゃとした嫌な感覚がミクを支配する。目に映るものすべてが敵であるという錯覚。そう感じていた次の瞬間にはルカの腕に思い切り噛みついていた。

「つっ!?」

痛みに顔を歪ませ、ルカは噛まれた腕とミクを見る。ミクは恐怖から逃れるように瞳に涙を浮かべて力一杯噛みついていた。さながら獣のように服の上からなどお構いなしにぎりぎりと噛み続けている。
痛々しいほどの必死な姿にルカは自分たちのやってきたことに疑問を感じていた。交流を閉ざされてしまったとはいえ、自分たちはただ彼らを見守ってきていただけだ。
彼らを知ることもなく、歩み寄ることもせず、時間だけが過ぎて何もしていない。
謝罪と贖罪はした。だがそれだけだ。相手を傷つけることを恐れて相手との関係の修復を怠った結果が今の状態を示している。
腕の痛みより、今のミクの表情を見ることがルカにとって一番辛かった。

「ごめんね。もう大丈夫だから」

そう言うとルカはミクをそっと抱きしめる。とにかく目の前の少女を守ることだけを考えて、ルカは痛みのことなど忘れてしまうほどであった。
そして、突然抱きしめられたことに驚いて、ミクは思わず噛みついていた腕への力を緩めてしまう。おそるおそる見上げれば、そこには痛みなど感じさせない力強い表情をしたルカの顔がある。
この時になってようやくミクは自分のしでかしたことに気が付いた。
正気に戻ってきた途端、激しい罪悪感が押し寄せてくる。後悔と自責の念でカタカタと身体が震え上がってしまっていた。

「よかった。もう大丈夫ですね」

しかし、ルカはそんなミクを責めようともせず、穏やかな慈愛の笑みを浮かべている。
ふとミクが顔を上げると、ルカと視線がぶつかり合っていた。あれだけのことをしたのにルカの瞳に憎悪の色はなく、ただ微笑みかけているだけだ。
なんでこの人はあれだけのことをしたのに優しくしてくれるんだろう。どうして痛い思いをしているはずなのにそれを見せずに笑いかけてくれるのだろう。
ミクの中で戸惑い、憂い、悲しみと様々な感情がぐるぐると渦巻いて今にも胸が張り裂けてしまいそうだ。

「ごめんなさい、…ごめんなさい」

うまく言葉も浮かばずに、ミクはただひたすらに謝っている。
言葉で済む問題じゃない。そんなことは分かっていたけれど、それでもこんな言葉しか出てこなかった。
もちろんそれで自分の気持ちが収まるはずもなく、断罪を求めてルカを見やる。涙も枯れてしまったのか、瞳は赤く腫れ、見ている方が痛々しく感じてしまうほどである。

「いいんですよ。貴女が無事なのですから」

しかし、ミクを迎えたのは断罪ではなく、温かい抱擁であった。
自分で自分を責めて押し潰されてしまいそうなミクではあったが、触れる肌の温もりが不思議と荒んだ心を落ち着かせていく。
静まり返った部屋の中で、ミクはルカに顔を押し付けながら咽び泣いていた。

キツネビトにまつわるとても優しいお話(4/6)

それからどれくらいの時間がたったのだろう。夜も深く、周りの世界はすっかり寝静まっているようだ。
思い切り感情を表に出したのか、ミクは震えていた身体も落ち着きを取り戻し、今はそっとルカの隣で身を委ねている。
ルカもまた、そっと寄り添ってくるミクの頭をそっと撫でていた。落ち着いたとはいえ、やはりまだ放っておけないご様子。
まだミクに噛みつかれた腕は痛むが、じきに治まるだろうと顔には出さない。隣に腰かけている少女に要らぬ心配をかけたくないというのが本音だ。

「ええと、その、腕…、まだ痛くない?」

とはいえ、ミクに気づかれないはずもなく、伏し目がちに声をかけられる。
視線の先はもちろんルカの腕であり、服の上からでは分からなかったが、ミクが自覚しているあたり相当な力が入っていたのだろう。

「平気ですよ。ご心配ありがとうございます」

そう言ってルカはミクを安心させるように微笑みかけていた。
もちろんやせ我慢だ。わずかに歪んだ眉がそれを物語っている。追い詰められて、生き残るために繰り出される力は半端なものではない。
それでも痛くない。ルカはそう自分に言い聞かせていた。時折電流のように流れる痛みに耐えて、ふとミクを見やる。
そのミクはというと、今にも泣いてしまいそうだ。何度も何度も涙を溢れさせていたが、そうそう枯れてしまうものではないらしい。
そして、何かを訴えるようにミクは視線を投げかけていた。もしかしたら我慢していることを見抜かれているのだろうか。

「お願い、見せて」
「えっ、あの」

やはり疑われていたらしく、有無を言わせずにミクはルカの手を取り服をまくっていく。ささやかな抵抗もむなしく、されるがままにルカの腕があらわにされていた。
白く透き通った肌にくっきりとした歯形が浮かんでいる。出血こそないものの、赤く腫れており内出血でも起こしているのだろう。薄手の生地でこれくらいのことで済んだのは幸運かもしれない。

「…ごめんなさい」
「別にこれくらい平気です。すぐに治り…ひゃっ!?」

いきなり噛まれたところに襲い来る冷たい感触に、ルカは驚きの声を上げて思わず視線を向ける。見ればミクが噛み跡を丁寧にチロチロとなめていた。
突然のことに驚いて、ルカは目を丸くする。しかし、ミクが真面目な様子でなめている姿は止めようにも止められない。
ルカはこそばゆくて思わず声が上がりそうになるのをじっと耐えている。ルカが沈黙していることに気づいたのか、ミクはふと顔を上げていた。

「ええと、怪我に効くおまじない。お母さんがいつもやってくれていたから」

なぜルカの様子がおかしいのか分かっていないのか、ミクは不思議そうに首を傾げている。
きょとんとしたミクのつぶらな眼差しは特に深い意味を示していないのだが、それがルカの羞恥心を煽っていた。
ミクの予想外続きの行動に顔が火照っていくのを自覚してしまう。

「あ、ありがとうございます」

今はこれくらいしか言えなくて、ルカは視線を落としてミクから目を逸らせてしまう。
初めて会ったばかりなのに、こうも心動かされることに戸惑って、でも不思議と受け入れていることに驚いている自分がいる。
この感情の正体はわからないが、目の前の少女を視界に納めただけで穏やかに頬が緩んでいくのは事実だ。

「私はもう大丈夫ですよ。そろそろ足の包帯を変えましょうか」

とはいえ、これ以上ミクのおまじないを受け続けるのも照れくさいので、ルカはそっと立ち上がるとそそくさと逃げ出すように部屋を後にしていた。
一人残されたミクは、どうしてルカの頬の血色が良くなっているのを隠そうと部屋を出て行ったのか分からなかったが、あまり気にしても仕方ないだろうとじっと待つことにする。

キツネビトにまつわるとても優しいお話(5/6)

「大丈夫ですか?沁みたりしませんか?」
「へ、平気!痛くない!」

部屋中にやせ我慢ともとれるミクの叫び声がこだまする。
あれから十数分後、ルカは新しい包帯と消毒液を持って部屋に戻ってきていた。すっかり落ち着いたのか、いつもの顔色でミクの足に丁寧に消毒液の滲みた布を当てていく。
ミクも多少は顔を引きつらせながらもしっかりと我慢できている。もしかしたら、まともに動けるようになるまで大して時間はかからないのかもしれない。
ルカのてきぱきと手際の良い手当に、程なくして包帯を巻き終える。

「はい、終わりましたよ」
「あ、ありがとう。…ええと」

ミクが相手の名前を呼ぼうとして、ここで初めてお互いに名前を名乗ってないことに気が付いた。
双方とも間が抜けたことだと、ついつい軽く吹き出してしまう。

「申し遅れましたね。私は巡音ルカ。この教会でシスターをやらせてもらってます」
「…シスター?」

シスターという言葉が分からずに、ミクは頭に疑問符を浮かべてしまうが、それよりも自己紹介が先だと、とりあえずは気にしないことにした。

「わたしは初音ミク。そこの森の奥に住んでいるの」
「ミクちゃんね。そう、とても可愛らしい名前ね」

お互い簡単に自己紹介を終えたところで、さらりとルカが褒めていることに気が付く。
あっさりとした自然な流れの出来事であったため、ルカが微笑みかけたころに言葉がようやく浸透していた。
じわじわと胸の奥を燻り出す感覚は、今のミクを混乱させるには十分な話できょろきょろと視線が定まらない。

「…?どうかしましたか?」
「な、なんでもない!」

どうにかほんのりと赤い顔をごまかそうと、ミクはそっぽを向いてしまう。
まだまだ子供らしい仕草にクスリと笑って、まじまじとミクを見やる。どういうわけかミクの一挙一動から目が離せなくて、さっきからやばいくらい心音が高鳴っている。
ばくばくとしているがとても心地よく、もう少しだけ二人だけの時間を過ごしたいと思ってしまうのも無理はないかもしれない。
けれど、それはわがままというものだ。そろそろミクを休ませなければならない。ほかのキツネビトもミクが帰ってこないことに心配しているだろう。
ごちゃごちゃにかき混ざった感情を押し殺して、ルカはゆっくりと立ち上がる。

「ミクちゃんもそろそろ休みましょうね。傷に響きますよ?」
「えー?」

当然というかミクは非常に不満顔だ。まだお互いを知ったばかりだし、何よりも話し足りない。
始めのいざこざがあったとはいえ、今は親しくなりたいと胸を躍らせている。
それはルカにも同じことが言えた。しかし、今は名残惜しいが怪我を治すことの方が先決だ。

「これからもお話することはできますよ」
「ほんと?」

期待の込められた眼差しに、ルカは安心させるように微笑みかける。
ミクがキツネビトの集落に帰ってしまっても二度と会えなくなるわけじゃない。確かに自分達とキツネビトとの間に確執はある。
だがそれが自分とミクが会えなくなるという理由にはならない。
ルカはミクと分かり合えたことに可能性の未来を見出していく。今までのツケを払い出す時が来た。それだけのことなのかもしれない。

「ええ、ですから今はゆっくり休んで…」

と、言いかけたところでミクが静かに寝息を立て始めたことに気が付いた。おそらく緊張の糸が切れてしまったのだろうか。
疲れも溜まっていたのだろう。あっさりと眠ってしまったことにも驚いてしまったが、無防備な寝顔も見ることができたのも信頼の証だと思えてどこかほっとしている。
ルカは優しく微笑むと、穏やかな寝顔をしているミクの頭をそっと撫でて、そそくさと立ち上がる。そのまま部屋を出ていこうとして、服に違和感があることに気が付いた。

「…困りましたね」

違和感の正体を求めようと視線を追っていくと、服の裾をミクの手が掴んでいる。
小さい手ながらミクはルカの服をしっかりと掴んでおり、なかなか手放しそうにない。
苦笑いを浮かべながら、ルカはミクの隣に腰かける。ほんのわずかにミクの表情が緩んだのは気のせいだろうか。
こうなったら仕方ない。そんな風にため息を吐きながら、ルカは掴んだ手が緩むのをじっと待ちながら、ミクを見守っていた。

キツネビトにまつわるとても優しいお話(6/6)

そして三日後、付きっ切りの看病の甲斐もあって、ミクは自力で家に帰れるくらいには回復していた。幸い骨などに異常はなく、しばらくしたら元通りに走れ回るようにはなるだろう。
とはいえ、怪我をした女の子一人、森の中に放るわけにもいかないのでルカもまた集落の手前までついていくことにする。
キツネビトとの確執の手前、集落まで送り届けるには無理があるのだ。
おそらく集落では大騒ぎになっているかもしれない。混乱の中では誤解を与えてしまうだろう。
お礼に自分の集落まで連れて行きたいというミクの強い主張にそう説得して、最後までぐずるミクになんとか納得してもらうまでが大変だった。
そんなこんなで今はルカとミクの二人でキツネビトの集落までミクを送り届けるために向かっている。
思えばこの三日間、短いながらいろいろあった。
見るものすべてが目新しいのか、ミクは絶え間なく好奇心で目を輝かせていたり、ルカの手料理に舌鼓を打っていたり、さすがにお風呂に入れるわけにはいかないので身体を拭こうとすれば、恥ずかしいのか嫌がってなかなか肌を晒さずにいたりと。
とにかく充実していたのか、気が付けば三日と時間が過ぎるのを忘れていた。

「ルカさんこっち」

ミクに手を引かれながらルカは薄暗い森の中を歩んでいる。思った以上の軽快な歩みにまずは一安心といったところか。
今では普通に笑ってくれるが、始めは警戒心から殺気を纏わせていたことを考えると大した変化だとルカはクスクスと微笑む。
そんなルカを不思議に思ったのか、ミクはルカの顔を覗き込んできた。ぱちくりと瞬くミクの澄んだ瞳にルカは思わずたじろいでしまう。

「…ルカさん?」
「なんでもないです。なんでもないですから」

そう言ってあくまで何事もなかったように振る舞うルカに、ミクはなんだか不満そうだ。抗議のつもりか、分かりやすく頬を膨らまして睨み付けている。

「いいもん。ルカさんのことなんて知らないから!」

こうやってルカのことを名前で呼んでくれることがとてもこそばゆい。ルカにとって少しずつ築いていった信頼が実感できていることに充実感を覚えている。
そんな風に思いつつ、そっぽを向きながら不機嫌が治らないミクを宥めていく。
小さな諍いと仲直りの繰り返し。楽しい時間はあっという間に過ぎていき、気が付けば森を抜け開けた場所に出てきていた。
森の中だというのに穏やかな日差しが差し込み、静かな空気が幻想的な雰囲気を思わせる。
まばらに見える家々がそれに拍車をかけているみたいだ。
と、ここでルカは足を止める。これ以上はこの地に踏み込むわけにはいかない。ここでミクとはお別れなのだ。

「…ルカさん」

そのことにミクも気づいたらしく、名残惜しそうにルカを見つめてくる。目に涙を浮かべている姿がとても印象的だ。

「ごめんなさい。何度も言いましたけど、私はここまでなんです」

過去の贖罪なのか、それとも前に進むことへの恐怖なのか、はたまたその両方なのか。ルカは棒立ちのまま一歩も進むことができない。

「このままルカさんとお別れなの?」

ミクの言葉と視線がルカに突き刺さる。頭では分かっている。ミクとルカの間では何の関係もないことも。ただ、ほんの一握りの勇気も持てないだけだ。
ミクとルカの距離はほんの一歩分。手を伸ばせば届く距離だ。しかし、近いようで遠い一歩が大きな壁としてルカの前に立ちふさがる。

「ルカさんっ!」

ミクの叫び声に驚いて、ルカは思わずミクを見やる。大粒の涙をこぼして、ミクはルカのことを睨み付けていた。
ミクの本気の怒り顔にルカはハッと気づかされる。たった一歩。その一歩が歩み出せないことが彼女を傷つけていたことを。
そうすればあとは簡単だった。一歩を踏み出して、ミクへ手を伸ばしそっと抱きしめる。最初から壁なんてなかった。勝手に自分に言い訳をして、勝手に自分たちで壁を作っていただけだ。
しばしの沈黙の後、どこからともなくミクとルカの嗚咽交じりの泣き声が辺りに響き渡っていた。

「ごめんね、ミクちゃん」
「ううん、それよりもさっきの答えを聞かせて?」

お互いに心にたまったもやもやを吐き出すだけ吐き出したところで、ミクが改めて問いかけてくる。
少し意地悪な質問だとは思ったが、ルカが用意していた答えは一つだ。

「もちろん、また会えますよ」

迷いはまだ残っている。それでも意志の強いルカの笑顔はミクに笑顔をもたらすのに十分な理由だった。

「うん、絶対にルカさんに会いに行くからね!」

涙混じりの笑顔にルカは再びミクを抱きしめる。ほんのりと胸に灯された温もりがもたらす心音はとても心地よく、離れるのが惜しいくらいだ。
とはいえ、これ以上はミクの家族も心配してしまうだろう。ミクの元気な姿を見せてあげたい。
最後にミクに諭して、ルカはミクを見送ることにする。

「ルカさんまたね!絶対、絶対遊びに行くからね!」
「はい、楽しみにしてますね」

何度も何度も手を振りながら帰っていくミクを見送って、ルカはその場を後にする。
一歩踏み出せた。その事実は縛られていた過去の自分との決別を意味していた。それと同時にミクと真正面から向き合えるということだ。
安堵の表情を浮かべてルカは振り返る。その場にミクの姿はもうなかった。無事に家にたどり着いたのだろうか。
ミクの姿は見えないというのに、不思議と淋しさは感じられない。
『また会える』
自分で言った言葉がルカ自身に活力を与えていく。自分自身、ミクに会いに行くための足がある。
どこか吹っ切れたのか、ルカの澄みきった笑顔はなんだか頼もしく思える。
次に会えることを楽しみに思いながら、ルカは力強い足取りで帰路についていた。



ミクとルカが出会い、そしてそれがきっかけとなってキツネビトとの関係が修復されて、再び彼らが世の中と交流をもっていくことになるのはそう遠くない話である。







初めてのモジュールをモデルにしたお話になります。
サイレンスさんの相手は誰だろう?と考えて、お祓い的な意味でラセツトムクロだろうと書き始めたのですが、最初から横道にそれているという…。
あと、欝な展開で書いてみたかったのですが、自分にはこれが限界みたいです。

バレンタインにまごころを(1/4)

「新しい子が来るんですか?」
「ええ、そうよ」

とある研究所の一室において、初音ミクをはじめ、家族全員が揃っている。ボーカロイドなのに家族というのもおかしな話かもしれないが、目の前にいる彼女―みんなは博士と呼んでいる―の意向によるものである。
まずはじめに話題に飛びついてきたのは鏡音リンだった。

「博士、妹?弟?」

やはり姉になるかもしれないということからなのか、目をキラキラと輝かせている。そんな期待の眼差しを向けられたのか、彼女はやや気まずそうにこめかみに手を当てていた。

「あー、悪いけどね、次の子は設定年齢がリン、あなたよりも上なのよ」
「えー、つまんない」

リンは口を尖らせて、不満全開といった態度を現している。よほど楽しみにしていたのだろう。リンのぶすっとふてくされた態度はしばらく収まりそうになかった。そんなリンをミクやレンがおだてていく。

「まあまあリンちゃん」
「リン、落ち着きなよ」

やや不満そうに頬を膨らませてはいたが、子供じみた態度に気づいたのかおとなしくなっていた。背伸びしてみたい年頃なのだろうか、それとも本気で妹や弟が欲しいからなのかは分からないが。
ちょっとした騒ぎも終わって、全員が彼女のほうに視線を向けている。白衣を着た彼女は話を促されていることを理解して、小さな咳払いとともに話を進めることにした。

「新しい子の名前は巡音ルカ。これが画像ね」

モニターにルカの姿が映し出され、小さなざわめきが起こる。顔立ちに幼さは残しているものの、十分に発育した身体は大人そのものだ。
これには予想外だったのか、ルカに視線が集まる。まず最初に口を開いたのはメイコだった。

「へえ、まあ酒飲み仲間ができてよかったかも」

メイコらしい発言に場の雰囲気が和んでいく。小さな笑い声が上がったあたり、歓迎する様子であるらしい。
その様子に満足したらしく、白衣の彼女は穏やかな笑みを浮かべていた。

「みんな、ありがとうね。とりあえず用件はこれだけ。何か質問とかある?」

質問を促されたが、特に反応はないようだ。どうやらこれで解散らしい。ざわめきの残る中、リンはミクに声をかけていた。

「ミク姉も妹ができなくて残念だったよね。まあ、あんな美人さんじゃしょうがないけどね。…ってミク姉?」

ミクと同じ立場で嬉しかったのだろう。軽口を叩いてミクに同意を求めるが、どうもミクの様子がおかしい。
ミクの目の焦点は合っておらず、意識もはっきりしていない。リンはミクの目の前で手を振るが、ぼうっと呆けた表情をしたまま突っ立ったままだ。

「おーい、ミク姉?」
「…きれい」
「はあっ!?」

ミクの口から思わず漏れて出た言葉にリンは耳を疑ってしまう。寝ぼけているのかと思ってみたが、そのようなことはないらしい。
とにかく、ミクが正気か確かめようとミクの頬をむいむいと引っ張っていた。

「ミク姉大丈夫?ちゃんと起きてる?」
「いひゃい、いひゃいよひぃんひゃん」

ミクは悲鳴を上げながらじたばたと手を動かして、なんとかリンから逃れようとする。
しかし、ミクの反応が面白かったのか、上機嫌でなかなかリンは手放さない。結局、ミクが逃げ切るまでリンはミクの柔らかな頬を堪能していた。

「あー、楽しかった!」
「痛いよリンちゃん…」

赤く染まった頬を抑えて、ミクはキッと睨み付けるがたいして効果はないようだ。無邪気ないたずらっ子のような笑顔で特に反省している様子もなく、リンが問いかけてくる。

「それでミク姉、どうしてボーっとしてたのさ?」
「ボーって、なんかおかしかった?」
「…自覚なかったの?」

どうやら先ほどまでの自覚がなかったらしく、ミクは首を傾げているばかりだ。これにはリンも驚いて呆れるばかりで、大げさに天を仰いでいく。
とはいえそれでは話が進まないので、リンは思い切り睨み付けていた。先ほどの問いに答えろということらしい。
そんなリンの出す空気に気づいているのかいないのか、ミクはどこか遠い目をして見つめていた。

「ルカさんってきれいだね」
「うん、そりゃ見違えるくらいの美人さんだったね。で、それで?」
「それだけ」
「へっ、それだけ?」

もっと壮大なことを期待していただけに、リンは肩透かしを食らっていた。
一方でミクの熱い視線は止まらない。巡音ルカ。その姿を一目見たとたんに動きが止まっていた。
もし、一目惚れという言葉を信じるならばこういうことかもしれない。
一度も見せたことのないミクの姿に、リンは戦慄を覚えている。と同時に、ミクを一目でこれほどまでにしてしまうルカに嫉妬すら覚えていた。
だから、くやしさ紛れにもう一度ミクの頬を引っ張っていく。これが今のリンにできる精一杯の愛情だから。

「リンちゃん、だから痛いってば!」
「へへー、ミク姉がボーっとしてるのが悪いんだよ!」
「リンちゃん!」
「ミク姉が怒ってるー」

ミクが声を上げたところで、リンは手を離して逃げ出すように部屋を飛び出していた。
あっという間の出来事にミクはぽかんとしている。
部屋に残っているのは、白衣の彼女とミクの二人だけだ。彼女の何やら暖かい視線に気が付いて、ミクは何とはなしに思ったことを口にしていた。

「博士、リンちゃんどうしたんでしょうね?」
「そうね。しばらく一人にさせたほうがいいかもね」
「でも博士、リンちゃんなんとなく悲しそうだったんですけど」

…するどい。自分自身には多少鈍いところはあるが、こういうことには気付くのは早い。彼女の脳裏にそんなことが思い浮かぶ。
しかし、ミクにリンを追いかけさせるわけにもいかない。追いかけさせてもリンが傷ついてしまうばかりだ。最悪ミクが傷ついてしまう可能性だってある。
リンもこれだけ大切に相手を想うことができるのだ。きっと新たな出会いがリンに活力を与えてくれる。
だから今はそっとさせておこう。彼女はゆっくりと立ち上がると、まるで自分の子供をあやすようにミクの頭をやさしく撫でていた。

「リンのことなら私が見てくるわ。だから、今はそっとしてあげて」
「でもリンちゃんが…」
「ミクは優しいね。でも、覚えておいて。中途半端な優しさは相手を傷つけることもあるって」
「…はい」

この優しさが残酷であることを伝えるのは難しい。しかし、今のミクには教えなければならないだろう。厳しい言葉の後に彼女は微笑みかける。
彼女の瞳には覚悟の意志が込められていた。その眼差しがおぼろげではあるが、ミクに自分のしたことを理解させたようだ。
心なしか落ち込んでいるミクを励まそうと、彼女はふんわりと壊れ物を扱うようにミクを抱きしめる。かすかに震えるミクの背中をポンポンと叩いてその日の終わりを迎えていた。

…ここまでが半年ほど前のお話。

バレンタインにまごころを(2/4)

それからは何かを吹っ切るようにミクは毎日研究所を訪れていた。
リンとの関係は微妙ではあるが、ぎくしゃくしているわけでもない。以前のようにとはいかないけれど、それなりに話し相手になってくれている。リンもまた吹っ切れてくれたのだろうか。
不安はまだ残っている。けれども、ミクはルカに会いに来ていた。ミクはルカを選んだ。ただそれだけのことだ。このままリンに気を使っていてはリンに失礼である。だからこそリンは普通に接しているのかもしれない。
リンの中ではもう終わったことだ。これ以上はリンの新しい出会いを妨げる鎖になってしまう。
なんとなくあの時の彼女の言葉を思い出して、ミクは苦笑いを浮かべていた。そのままルカを見やる。ルカはまだ眠ったまま動かない。

「博士、またルカちゃんの声を聞かせてください」
「ええ、構わないわ。ずいぶんと熱心ね?」
「はい!少しでもルカちゃんのこと、知りたいんです」

そう言ってミクはモニターの前に座り、ヘッドセットにプラグを取り付ける。まだまだサンプルの段階ではあったが、ルカの声をじっくりと堪能していた。
ルカの一つ一つを知っていくたびに、ミクは心躍らせる。

「楽しそうだね?」
「もちろんです!博士、ルカちゃんはいつ動くんですか?」
「んー、まだまだ先だけど…、やっぱり待ちきれない?」
「はい!」

キラキラと光る二つの双眸が意味するものは感情というゆらぎといった不可解なものに他ならない。
歌うために作られたVOCALOIDだからこそ必要不可欠なものであるが、まだまだ危なっかしいのは言うまでもない。
けれども、彼らの成長を見るのはとても楽しいと彼女は思う。楽しいこと悲しいことといった喜怒哀楽が彼らの歌声に深みを与えてくれる。
これを親心というべきか。

「そういえば博士。ルカちゃんへの自己紹介ってどうすればいいんでしょうね?」
「普通に初めましてでいいんじゃないの?一応、ルカのメモリーにはみんなの簡略データは入ってるけど」
「えー、でも、わたし緊張しちゃって何も話せないですよ」

なぜか緊張でがちがちになっているミクの姿が容易に想像できて、白衣の彼女は吹き出してしまう。
それが不服といわんばかりに、ミクは不機嫌であることを隠そうともしない。
もちろん、ミクが本気で怒っているわけではないことは分かっているので、彼女は茶化すような悪戯っぽい笑みを浮かべている。

「…そんなに笑わなくたっていいじゃないですか」
「ごめんごめん」
「謝るくらいならなんか考えてくださいよ」
「そうねえ…」

ミクは口を尖らせたまま、慣れない鋭い視線を投げかける。当然ながら迫力というには物足りなく、彼女は澄ました表情で何やら考え込んでいた。
まじまじと見つめるミクの視線は本気であることを物語っている。
ルカに対する恋心がミクをここまで動かすというのなら、全力で応援したくなるものだ。
こんなことを考えているあたり、本気で親ばかなのかもしれない。クスクスとわずかばかり微笑むと、彼女の口から一つの提案が出てきた。
それはとてもシンプルな提案。ただ、それはミクにとって魅力的であったらしく、ミクはそこからあれやこれやと練り上げていく。
ミクはいろいろと考えるのが楽しいようで、その表情は生き生きととても楽しげだ。

それがミクとルカが出会う前のお話。

バレンタインにまごころを(3/4)

時は流れて二月の初め。ルカが稼働してまだ月日は余りたっていない。一応、常識とかはあらかじめ入っているものの、それでも知っているのと経験するのでは大きな違いだ。
見るもの聞くもの触れるものすべてに、自分の生まれた世界に感動している日々を送っている。
中でも、いきなりミクに告白されたのは新鮮そのものだった。
生まれたばかりの自分に向けられた感情。そこから生まれたほんのりと温かい感情。
巡音ルカにはまだ自我といった感情は発達していない。だからこそミクの好意をすんなりと受け入れることができたのだろう。
このことがルカにどのように影響するかはまだ分からない。けれども、ルカにとってそれは決して悪くなかったといえるかもしれない。

「………?」

廊下を歩けば不意に何か物音がして、ルカはぴたりと足を止める。どこからかと耳を澄ませばこの先にある調理室のほうだ。
不思議に思って調理室を覗き込むと、中ではミクがただ一人一所懸命に作業に没頭している。
何やら小難しい表情をしているが、瞳は生気で満ち溢れていた。

「ミクさん、とても楽しそうですね?」
「にゃわぁぁっ!?」

とてもVOCALOIDとは思えない叫び声を上げて、ミクは背筋をまっすぐに伸ばして身体を震わせる。
何か悪い事でもしたのだろうか。きょとんとしながらルカはミクをじっと見つめる。
理由は分からないが、ミクは荒い息を吐きながらボールを抱えていた。手を滑らせてしまったのだろうか。
自分が声をかけたことで邪魔をしてしまったのなら、それは悪いことなのかもしれない。

「あの、すいません。なんだか邪魔をしてしまったようですね。失礼しました」
「待って!違うの!ルカちゃんのせいじゃなくて、その、とにかく待って!」

部屋を出ていこうとしたところを呼び止められて、ルカはドアのノブに手をかけていたのをぴたりと止める。
なぜだろう、単純に迷惑でないと言われたことが嬉しい。
振り返れば、ミクは後ろにある調理道具一式を隠すように立っていた。いまいちミクの行動がよくわからなく、ルカは首を傾げてしまう。

「それでミクさん、大丈夫ですか?」
「あ、うん。…ってそうじゃなくて、悪いのはルカちゃんじゃないの。ずっと内緒にしてたわたしなの」
「内緒って何がです?」
「ほら、もうすぐバレンタインでしょ?せっかくチョコレート作ってたんだけど、ルカちゃんを驚かせたくて…」
「バレンタイン?」

話の流れから大体のことは予想が付きそうではあるが、ルカはきょとんと瞳を瞬かせたままだ。
ひょっとしてという思いがミクの脳裏に過ぎる。

「もしかして、ルカちゃんバレンタインのこと知らないの?」
「はい、バレンタインとか何なのですか?」

大真面目に言っているあたり、ルカは本気なのだろう。
いくら何をしているか気づかれていないとはいえ、大慌てで隠したのはさすがに恥ずかしいものはある。
そして、それが気になったのかまじまじと見つめてくるルカの好奇の視線は非常に耐えがたい。
おそらく、ミクが説明してくれるのを待っているのだろう。ルカはずっとそこに佇んだまま一歩も動こうとしない。
こうなれば話すほか仕方なく、ミクは諦めたようにため息を吐いていた。

「あのねルカちゃん、バレンタインというのは好きな人とかお世話になっている人にチョコレートを上げたりする日なんだよ」
「そうですか。それで…」
「いや、まあ、うん。ルカちゃんにチョコレートを上げるために作ってたんだけど」

やはり一から説明するのは照れ臭いのか、ミクの頬はほんのりと赤い。
もちろん、今言った言葉は聞きかじり程度のうろ覚えでバレンタインの在り方など知る由もない。
それでも自分の気持ちは知ってもらいたかったし、どさくさに紛れて告白に似た何かを伝えられたことに笑みをこぼす。

「ありがとうございます。それでミクさん、どうしてバレンタインにチョコレートを贈るのでしょうか?」
「…へ?」

多分、今自分の顔を鏡で見てみたら相当に間の抜けた顔をしているであろうことをミクは自覚する。
唐突にルカの口から出てきた意外な言葉にミクは頭を悩ませていた。
バレンタインといっても、製菓会社の陰謀といわれていたり、国によって文化が違ったりと様々だ。
当然ながらミクにそのことが上手く説明できる由もなく、代わりにどうしてルカがこんなことを聞いてきたのだろうと考え方を切り替える。

「あの…、ルカちゃん?急にそんなことを聞いてきたりしてどうしたの?」
「どうしたのって、チョコレートのことですか?」
「うん」
「…その、チョコレートとか贈る由来を知らないと、ミクさんにチョコレートを送れないじゃないですか」

予想の斜め上とは時間を止めてしまうものらしい。丸い目がさらに丸くなったのを自覚して、ミクの中でルカの言葉が反芻していく。
脳内にじんわりと染み渡っていくのが分かるくらい、ミクは感情の昂りをはっきりと意識していた。

「ルカちゃんそれって…」
「はい、ミクさんにはとてもお世話になっていますから」
「…そうだよね」

あくまで冷静に話すルカに、ミクは思わず項垂れてしまう。期待込めた自分が少しばかり馬鹿らしかったが、少しくらいは近づけたのかと自分に言い聞かせる。
一方で、ルカはそんなミクに戸惑いを覚えていた。
なぜミクががっかりしているのかは分からない。けれど、ミクが項垂れているのを見るとなんだか胸のあたりがじわじわと苦しくなっていくのを自覚する。
先ほどは「お世話になっている」という理由がすんなりと出てきたが、これにもルカは驚いていた。
どうしてミクにチョコレートを贈ろうと思ったのだろう。
確かにミクには世話になっている。だからといってこれほどまでに自発的にならなくてもいいのではないか。

「まあいいや。ルカちゃん、チョコレート楽しみにしているからね」
「…はい」

そんなルカの内情などつゆ知らず、ミクはそう言い残して作業に戻っていく。
すぐに作業に没頭しているあまり、まるでさっきのやり取りのことなど忘れてしまったようだ。
ただ、一所懸命なミクの姿はほんの少し前まで悩んでいたことを吹き飛ばしてしまう。
わずかながらに唇の片端を釣り上げて、ルカはその場に釘づけにされるようにミクをじっと見守っていた。

バレンタインにまごころを(4/4)

ついに迎えた二月十四日、ミクはチョコレートを取りに冷蔵庫へと向かう。
今日という日を心待ちに胸を躍らせながら冷蔵庫の扉を開ける。自分のをすぐさま取り出して、中を覘いてみれば見知らぬ包みが三つほど。

「…誰のだろ?」

当然ながら誰のものかはある程度想像はついている。気になったのはただの野次馬根性名だけだ。
思わず手に取ってしげしげと眺めていると、後ろから声を投げかける人物が一人。

「あー、ミク姉!人のチョコ取らないでよね!」

後ろから声をかけてきた人物―リンは、素早くミクに割り込んで手に取っていたチョコレートを奪い取る。
どうやらミクはリンのチョコレートを手に取っていたらしい。
後ろを振り返れば、怒ったように頬を膨らませたリンがいる。不機嫌なのは仕方ないのだろう。

「リンちゃん、ごめん」
「別に謝らなくてもいいってば」

ミクが若干身を引いたのを気にしたのか、リンは乾いた笑みを浮かべていた。
ルカが生まれる前の出来事があってからもリンは相変わらずのように接してきてくれる。完全にリセットとはいかないけれど、リンは吹っ切れたようで適度な距離を保ってくれていた。
リンのことが気になっていただけに、態度で示す「気にするな」というメッセージはミクにとってはとてもありがたい。

「リンちゃんも誰かにチョコ上げるんだ?」
「まあねー」
「もしかして、わたし?」
「うわ、人のことフッたくせに何寝言言ってるのこの姉は」

冗談交じりの会話に笑いながら、ミクはじっとリンを見つめる。どこか遠くを見るような優しい瞳は想い人のことでも考えているのだろうか。
どこか安心感を与える笑顔に、ミクはクスッと微笑む。

「私の作ったチョコが食べたいって言ったから仕方なくだって」
「その割には楽しそうだね」
「そんなことよりミク姉はどうなのさ?」

リンは赤い顔をごまかすように強引に話題を変えて、ミクをじっと睨み付けていた。
これほどまでに慌ただしいリンも珍しく、おそらく初めてかもしれない。それだけ充実した日々を送っていることに、ミクは安らぎを覚える。
妹が離れていくことにほんのりと嫉妬に似た寂しさも混じっているけれど。

「うん、大丈夫だよ」
「えー、なんかつまんない」
「…リンちゃんちょっとひどくない?」
「そんなことないよ?」

なんだかんだで二人は顔を見合わせながら笑い声をあげていた。おそらく二人ともこれから起こる出来事に胸を高鳴らせている。
不安がないというわけではない。ただ、笑って心を落ち着かせたいだけだ。

「それじゃ行ってくるね」
「うん、頑張ってね。リンちゃん」
「ありがと。ミク姉こそ頑張りなよ。フラれたって慰めてあげないからね!」
「リンちゃん!」
「じゃあねえ!」

ミクが声を上げるよりも早く、リンは部屋を飛び出していく。あっという間の展開に、行き場のなくした怒りを霧散させるようにミクはため息を吐いていた。
もちろん本気で怒っているわけではない。感謝してもしきれないくらいだ。
改めてミクは自分の手に取っている包みを軽く握りしめる。
ルカに対する自分の気持ち。それがどれだけ自分の想いを伝えられるかわからないけれど、ルカが喜んでくれたらそれでいいと思う。
とりあえず大きく息を吸い込んで、振り返ればそこに見知った顔が一つ。

「…ルカちゃん!?」

気配を感じさせなかったこと、唐突にルカが現れたことにミクは驚いて飛び上がっていた。
驚きのあまり背筋が伸びきってしまっているのだが、ルカがそのことに気づいている様子は見られない。
不思議そうにミクを見つめ、そのことがミクの心拍数を上げていく。

「楽しそうですね?」
「み、見てたの?」
「はい、リンさんとすごく楽しそうでしたね」

おそるおそる問いかけるミクに、無情にもルカは首を縦に振る。おそらく初めから見られていた。その事実はさらにミクの鼓動を早めるには十分すぎる出来事だ。
そんなミクを他所に、ルカは冷蔵庫の扉を開けると小さなラッピングを取り出していた。
残されていた二つのラッピングの一つに、ミクは目を丸くする。
てっきりメイコの作ったものとばかり思っていたから意外といえば意外だった。
少なくともチョコレートを作っていたそぶりを見せていなかっただけに、淡い期待がミクを支配する。

「ルカちゃん、もしかしてそれって…」
「はい、ミクさんから話を聞いてましたので。せっかくなので作ってみました」

口調は相変わらず抑揚が感じられないが、そんなことはどうでもよかった。
急に胸が締め付けられて、そこから一気に弾けて心が解放されるような感覚は非常に心地よい。
ミクの心はすでにここに有らずといったようで、頬が緩みっぱなしだ。
そんなミクのころころ変わる表情が不思議に思えるのか、ルカは首を傾げている。

「…ミクさん?」
「あっ、ごめんねルカちゃん」

自分でも笑いをこらえているのを自覚しながら、ミクは自分の持っていたチョコレートを差し出していた。

「ありがとルカちゃん、早速だけど開けてもいい?」
「ええ、どうぞ」
「やった!」

ルカに促されるまま、ミクは丁寧にラッピングを外して中身を取り出していく。
シンプルな包装の中から出てきたのは、見た目はとてもきれいで、初めて作ったとは思えない出来のものであった。
自分で作った少々いびつなチョコレートを思い出して、嫉妬にも似た感情がミクの胸の内を過ぎていく。
羨ましそうな視線を送りながらも、ミクはチョコレートを口の中に放り込んでいた。

「…ん?」

口の中で広がる違和感に、ミクは思わず顔をしかめてしまう。
見た目は甘そうではあったが、思い描いていた味わいとは違ったギャップに目を白黒とさせていた。

「…どうかしましたか?」
「あのねルカちゃん、言いにくいんだけどちょっと苦いの」
「え…?」

これまで無表情といったルカの様子にわずかに陰りが見える。いつもクールに見えるルカが動揺しているのはめずらしい。
なんとなくではあったが、ルカの変化が面白くてミクは少しだけつついてみる。

「ねえルカちゃん。どんなふうにチョコを作ったの?」
「その…、チョコを溶かして固めてみたんですけど」
「もしかして直火で?」

言葉を失い、固まってしまったあたり図星なのだろう。見た目はきれいに仕上がっているのだから、今回は知識の不足が原因だという考えがミクのうっすらとした意識を通り過ぎていく。
だが、今ミクの感情を支配しているのはもっと別のことだ。
―ルカの中に自分が存在している。
その事実だけで胸が張り裂けそうになる。だから次に言葉を紡ごうとしていた時には、ミクは満面の笑みを浮かべていた。

「大丈夫だよルカちゃん。すっごく美味しい」

慰めでもなんでもなく自然と出てきた言葉がルカの心をほんのりと温める。ルカ自身は気付いていないのか目を白黒とさせていた。
そんなルカが可愛くてたまらなくて、ミクはじっとルカに見入っている。まじまじと送るその視線に、ルカもまんざらではない様子だ。

「そうだ、ルカちゃんにまだチョコ渡してなかったよね。受け取ってもらえるかな?」

すっかり渡しそびれていたチョコレートを取り出して、ミクはおずおずと差し出していく。
そんなミクに微笑みを返してチョコレートを受け取ると、ルカはほんのわずかにだけれど唇を釣り上げていた。
今まで見たことのなかったルカの笑顔は引き込まれてしまいそうなくらい魅力的でミクの頬の温度が上昇していく。

「ルカちゃん、笑った…」
「…え?」
「ルカちゃんの笑顔すごくかわいい」

恍惚の表情を浮かべて、ミクはルカの頬に手を伸ばしていた。間近から覗き込まれるミクの視線から目が離せなく、ルカは動揺している自分に戸惑っている。
いつの間にやら唇が重なってしまいそうな距離にいることに気が付いて、ミクとルカは慌てて距離を取っていた。

「ご、ごめんねルカちゃん?」
「いえ、大丈夫です」
「……………」

不意に訪れた不思議な沈黙は二人にお互いのことを意識させてしまう。どちらから話しかけようかときっかけを見つけ出そうとすることすら楽しい。
もっとお話をしたい。もっと触れ合いたい。そんな想いが二人を支配する。

「あの、ミクさん。チョコレートをいただいてもいいですか?ミクさんのレシピとか教えてほしいです」
「うん!わたしのでよかったらいつでもいいよ!」

何よりもルカのほうから歩み寄ってくれたことが嬉しくて、ミクは何度も頷いていた。
ルカの笑顔がもっと見たくてミクは身振り手振りを大きくしてルカに話しかけていく。
ルカの心は芽生えたばかりで、相変わらず感情をうまく表現できない。しかし、そんなミクと話すのが楽しいのか、ルカは終始頬を緩めているばかりだ。まだまだそんな風に自覚しているわけではないのだけれど。
とはいえ、お互いのチョコレートの話題を延々と繰り出している二人の距離は着実に縮まっていく。そんな楽しそうにしている二人の姿は実に幸せそうな雰囲気を醸し出していた。

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