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空と星と私達

≫歌えない歌姫と不思議な感情(ボーカロイド・ミク、マスター、メイコ)

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歌えない歌姫と不思議な感情 (1/8)

それはいづるとメイコがまだ二人で暮らしていた時のこと。立地条件があまり良くもなく、郊外であって二人で住むには少し手広く感じる貸家に住んでいた。
防音設備などの条件を満たしているところがあまりなかったわけでもあるが、思った以上に安く借りれることが出来たのはありがたい。
曰く付きの可能性も考えたが、今まで特に何もなかったので、いづるは気に留めずにいた。

「マスター、今日もマスターの胸を大きくさせてください!」
「いい加減にしろ!」

このようにいつもと変わらない日々を送っている。メイコのマスターになってから随分経つが、最初の頃からの変わり様に今日も頭を痛めていた。
そんな変わらない日々も一本の電話で終わりを告げてくる。電話の相手は旧知の仲だった。懐かしい相手にいづるは話し込んでしまい、時間が経つのを忘れてしまう。
しかし、相手の一言から状況は一変していった。

「会わせたい人がいる?」
『ああ、正確には人とは言えないかもしれないが、いづるになら会わせてもいいかなと思ったんだ』

話の中身から、いづるに会わせたい相手というのは大体想像がついた。いづるはふとメイコを見やる。
メイコはまじまじ見つめ返すが、その表情から事態はあまり飲み込めてないようだ。
ボーカロイド。歌うために造られた存在。彼女はいづるがメイコのマスターだと知っているし、適任だと思ったのだろう。
いづるは彼女に「また後で」と告げると足早に出掛ける準備を進めていく。

「あれ、マスター。出掛けるんですか?」
「ええ、ちょっと込み合った話になりそうだから、遅くなるかもしれないわ」

きょとんとしてくるメイコを背にいづるはトントンと靴を履く。ブラウスにロングスカートと仕事に行くという出で立ちではなかったが、いづるの真剣な表情をメイコは読み取っていた。

「行ってらっしゃいマスター。美味しいごはん、作ってますからね」
「メイコ、ありがとね。それじゃ行ってくるから」

振り向き様にメイコを身に寄せて、額に軽くキスをする。メイコはというと照れる様子…ではなく、不満そうに頬を膨らませていた。

「マスター、行ってきますのキスは唇にって法律で決まっているんですよ?」
「…そんな法律ないから。とにかく、出掛けてくるからね」

そんないつものやり取りを交わしつつ、いづるは玄関の扉を開けていく。メイコに見送られ、いづるは多少の不安を抱えながら、旧知の仲である友人の下へと向かっていった。
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歌えない歌姫と不思議な感情 (2/8)

「待ってたよ。とにかく上がってくれ」

いづるが友人の家に到着したら、すぐに彼女が玄関を開けて出迎えてくれた。
金髪碧眼。日本人離れをした体型に透き通るような白い肌といったドイツ生まれの科学者である。名前はアインス。
いづるはそんな彼女がうらやましい限りではあるが、彼女が身に纏っているのは日本に古くからあるどてらであった。かなりの日本マニアであり、ご近所でも評判で持ちきりだ。
そんな彼女はいづるを迎え入れると早速本題を切り出してきた。アインスが名前を呼ぶと一人の少女が部屋に入ってくる。
年の頃はまだ学生のような、やけに感情の薄そうな緑髪の少女だ。一目見た瞬間、いづるは彼女が何者であるかを理解した。
ボーカロイド。メイコと同じように整った顔立ち、人というには感情に乏しい―まだ生まれたばかりなのだろう。きょとんとした表情でいづるを見つめていた。

「この子は初音ミク。突然で悪いが、この子を預かってくれないか?」
「…どういうこと?」
「実は開発途中で感情を抑え込んだ結果、歌を歌わなくなってね。私にどうにかしてくれって依頼が来たんだ。
私もいろいろ試してみたんだが、効果がなくてね。メイコのマスターである君ならこの子の感情を引き出せるんじゃないかと思ったんだ」
「…ちょっと待って。感情を抑え込んだってどういうこと?」

アインスの説明に聞き捨てならないところがあり、いづるは迷わず喰らい付いてきた。
感情を抑える。この言葉が意味することを理解するのは想像に難くない。つまり、ボーカロイドをただのモノとして世に送り出すというのだ。

「落ち着け。ボーカロイドが世に出始めて、様々な問題が起こったんだ。君も知らないわけではないだろう?」
「ふざけないで!」

確かにニュースでボーカロイドに対する扱いの記事が出てくることは多々ある。ボーカロイドに関する問題は決して少なくない。
飽きて捨てられたというのはまだかわいいほうだ。奴隷のようにこき使う。暴力の捌け口と化する。性的な欲求を満たすためだけに手を出す。中には見るも無惨な姿で発見されたのもあったそうだ。
そんな彼らから感情を奪う。歌う人形以外の何者でもなくすということだ。
いづるの脳裏にはメイコの笑顔が浮かんでいた。彼女の笑顔を思い出す度に胸がちくちくと刺されたような痛みが走る。

「仕方ないだろう?今やボーカロイドは一大産業と化したんだ。当然、そのことに対する社会的、倫理的な問題は出てくる。
その問題を解決するためにこういう方法が取られるのも無理はないさ」
「だからって…」
「では聞くが、君に何が出来るというんだい?」
「…っ!」

こう言われてはいづるは言葉を失ってしまう。もちろん、いづる自身に何も出来るはずがない。いづるにもその事は分かっていた。分かっていながら何も出来ない自分がとても歯痒い。自分の無力さに思わず歯軋りを立てて、いづるは肩を落としていた。
そんないづるの様子にアインスはやれやれと肩をすくめている。

「とりあえず君の様子を見て安心したよ。君が真剣に考えてくれるから、私もこの子を預けることが出来る」
「…試したってこと?」
「まあ、そんなに睨まないでくれ。試したことは謝るから。人間のエゴでこの子達が理不尽な扱いをされるのは私も嫌だからね。
だから、見せつけてやれ。ボーカロイドと人間の絆というものを」

アインスはいつになく真剣な表情でいづると向かい合い、それをいづるは大きく頷いて受け止める。
ただ、ミクは何も分かってない様子で二人をじっと見つめていた。

歌えない歌姫と不思議な感情 (3/8)

「今日からここがあなたが暮らすところよ」

いづるはミクを引き連れて、玄関前に立っている。相変わらずミクは無反応のままだ。正直、いづるは戸惑っていた。アインスの家を出てからずっと話しかけていたが、ずっとこの調子なのだ。
視点の定まらないまま、ミクはただ真っ直ぐを見据えている。いづるは唇を噛み締めていた。
これが人間達の望んだボーカロイドなのか。意思を無視された人形となんら変わらないではないか。この子の体温はとても温かい。鼓動も伝わってくる。ちゃんと生きている。
それなのに、自分の意思で何かを伝えることが出来ないのはあまりにも辛すぎる。
いづるはひどくため息を吐いて玄関を開けた。メイコがいつものように出迎えてくれて少しだけいづるの気分が落ち着いていく。

「ただいま」
「おかえりなさい、マスター。その子は?」

すぐにいつもと違うことに気がついて、メイコは腰を下ろして問いかけてきた。ミクに視線を合わせて、笑顔を向けてくる。相変わらずミクは表情一つ変えない。

「この子は初音ミク…」
「可愛いっ!」

ミクを紹介しようとしていたところを皆まで言わせず、メイコはミクを思い切り抱き締めていた。突然の出来事にいづるは固まってしまう。
あまりにも急な出来事であったため、いづるはしばらく我を忘れたように呆けていた。しかし、はっと意識を取り戻すと、メイコの頬をむいっと引っ張っていた。

「あ ん た は初めて会う女の子に何してんのよ!」
「何言ってるんですか。女の子同士で挨拶する時はこうしなさいって法律があるじゃないですか」
「そんな法律、何時出来たのよ何時!?」

いづるは叫ばずにはいられなかったが、それでもメイコは自信に満ち溢れた様子で胸を張っている。

「たった今、わたしが決めました!」
「威 張 る なー!!」

これでもかと謂わんばかりに鼻を鳴らして、至極真面目に言い放つメイコにいづるは思わず頬をつねっていた。
むいっというよりぐいぐいっといった力加減にメイコは悲鳴を上げる。

「みゃふはー、ひらひ、ひらひです!」
「やかましい!とにかくミクを放しなさい!」

とにかくミクから離そうといづるはメイコの頬を縦に横にと引っ張っていく。そんな二人のやり取りをミクは視点の定まらないまま見つめていた。

「とにかく、いい加減にしなさい!」
「みゃふはー、ひらひですっへは………へ?」

二人のやり取りが最高潮に差し掛かったころ、ミクがメイコをぎゅっと抱き締めてきた。いづるとメイコは思わず間抜けな声を上げてしまい、お互いに顔を見合わせる。
驚いている二人をよそに、ミクが今度はメイコの身体をすり抜けて、いづるの身体にしがみついてきた。

『女の子同士で挨拶する時はこうしなさいって法律があるじゃないですか』

まるでメイコの言ってきたことを実行せんとばかりに。ぎゅっと抱き着くミクの仕草にメイコはふるふると震えていた。

「マスター、この子すっごく可愛いですよ!」

興奮冷めやらぬといった表情で、ミクを抱き締めると頬擦りまでしていく。よほどミクのことを気に入ったのだろう。一方でいづるはというとメイコの様子に呆れてしまい、ため息を吐かずにはいられなかった。

「落ち着きなさい。ミクはメイコの妹に当たるんだから、しっかりしなさいよね」

あくまで釘を刺すつもりで言い放ったのだが、メイコは違う意味で捉えたようだ。

「妹…ですか?それじゃこの子は家族になるんですね!?」

妹と聞いたとたんにメイコはこれまでにないくらいの喜びを全身を使って表現する。ミクは相変わらずの無表情でメイコにされるがままになっていた。
結果として想像していたのとは反対に、メイコが思い切りはしゃいでしまったが、不思議といづるの心は穏やかに落ち着いている。新しい家族が出来たということに心を躍らせていた。

歌えない歌姫と不思議な感情 (4/8)

それから一週間が過ぎ、いづる家ではいつもと同じ朝を迎えている。ミクという新しい家族が出来てもそれは変わらない。

「おはようミク」

うとうとと寝惚け眼を擦りながら現れるミクにいづるは声を掛ける。ミクはいづるの下へと歩み寄り、挨拶代わりにと抱き着いてきた。
あの時、メイコが抱き着いて以来、恒例となっている。いづるもまたミクの腰に手を回して抱き寄せていく。無表情に変わりはないが、こうして意思を示してくれるのはとても嬉しいことであった。ついつい朝食の準備にも力が入ってしまう。

「おはようございます…」

続いてメイコが姿を現すと、ミクがとてとてとメイコに向かって歩き出す。寝ぼけていたものの、メイコはしっかりとミクを受け止めてぽんぽんと赤子のようにあやしていた。

「ん、今日も可愛いわね」

メイコの浮かべる慈愛の笑みはどこか安心感を与えてくれる。すっかり馴染んだ光景にいづるはふふっと頬を弛ませていた。

「おはようメイコ。今日は仕事が終わったらレッスンするからね」

今日仕事は在宅でなので、いづるの仕事が終わり次第すぐにレッスンに取り掛かることができる。この事が伝わると眠気が吹き飛ぶようにメイコの視線が細く鋭いものになっていった。

「おはようございますマスター。それじゃ今日は一日中イチャイチャしてもいいんですね?
見てなさいミク、今日は女の人の愛し方というのをばっちり教えてあげるからね」
「…あんたは朝っぱらから何言ってんのよ」

いづるはどっと疲れたように呻いたが、メイコは全く取り合わない。それどころか朝食の用意をしているいづるに甘えてくる始末だ。

「マスター、胸を揉ませてください」
「このお馬鹿!いい加減に起きろ!」

いづるは電光石火でメイコの額に手刀を降り下ろし、思い切り睨み付けていた。すでに朝食の用意が済んでいたからよかったものの、そうでなかったらメイコにとってやりたい放題だったかもしれない。

「まったく…、ミクに変なことを教えるのは止めときなさい」

当のミクはぽかんと二人のやり取りを見つめているだけで、ただただ瞬きを繰り返すばかりだ。
さすがに一週間程度でどうこうできるはずもないし、ゆっくりと進んでいきたい。そんな考えがいづる達の脳裏を過る。

「マスター、とりあえずご飯にしませんか?」
「そうね。ミクもご飯を食べなさい」

額を擦るメイコに促されて、ようやくいづる達は席に着く。ミクがこの家に慣れている様子はまだ観られない。
しかし、教えたことはちゃんと覚えてくれるし、たまにだけどメイコの悪ふざけも真似してくる。さすがに意味は分かっていないようではあるが。
訳も分からずきょとんとした表情でお尻を触ってきたりするのが、最近のいづるの悩みの種だ。

歌えない歌姫と不思議な感情 (5/8)

そんなこんなで朝食を済ませて、仕事も片付けて、三人はいづるの部屋でレッスンの準備中である。

「メイコ、準備はいい?」
「いつでもいいですよ、マスター」

この言葉が合図となって、いづるは鍵盤を叩き出した。お気に入りの楽器店で見つけた中古のエレクトーンであるが、いづるはとても気に入っている。
いづるの奏でるメロディに合わせて、メイコは歌い出した。ミクが見ている手前、いつになく気合いが入っている。姉であるという自覚が出てきたおかげで、その歌声はとても力強い。

「さすがね、メイコ」
「もちろんです。この後、ミクに女の子の愛し方を教えられると思うと気合いも入りますよ」

いつもと変わらぬメイコの様子になんだか頭が痛くなったような気がして、いづるは思わずこめかみを押さえていた。
新しい家族が出来るかもしれないというのに、変なことばかりを教えるメイコを抑えるのはいづるにとって一苦労だ。しかし、それでも止めきれないのはいづるの中でミクに感情を教えるのにいいと感じる自分がいるからかもしれない。
ただ、もう少し賢い方法があるだろうというのはいづるも実感していたが。そんなことを考えながらため息を吐くと、いづるはミクにゆっくりと笑いかけた。

「それじゃ次はミク。メイコのように歌えばいいからね」

続いて今度はミクのレッスンとなり、いづるは再び鍵盤を叩き出す。ミクは音楽に合わせて声を出していた。ボーカロイドの本能というべきものだろう。
しかし、それは声と呼べるものではなく、ただ音に合わせているだけだった。言葉にすらなっていない。

「ミク、上手いわよ。まったく、わたしも気を引き締めないといけないわね」

しかし、メイコの捉え方は違っていた。ちゃんとミクと向かい合って、ボーカロイドとして評価している。ミクの中で何かが芽生え始めてきていることを素直に喜んでいるのだ。
いづるはメイコのこのような純粋なところを愛しく思う。ミクをミクとして見れていることがとてもうらやましかった。

「~♪」

そんなメイコの想いを知ってか知らずか、ミクは先ほどよりも声を大きく出していく。相変わらずミクの表情に変化は見られない。それでも、少しずつの進歩にいづるとメイコは温かな視線を送っていた。
ミクが少しずつ成長する姿を見つめながら、メイコは考える。いづるにミクを紹介されてから、事のあらましはすべて聞いていた。
聞かされた時には自分達の存在意義を真っ向から否定されたようで、怒り、悲しみ、虚無感といった様々な感情が渦巻いて思わず吐きそうになってしまった。
しかし、それでもメイコとして見てくれる人がいる。数あるボーカロイドではなく、メイコとして愛してくれる人がいる。目の前のボーカロイドを一人の初音ミクとして育てていこうとしている。
それだけでメイコの心は揺れ動いていた。ちゃんと自分は存在していることの幸福感に、ミクもまた全力で幸せにしてあげたい。そんなことを考えていた。

「…マスター」
「何?」

メイコに呼びかけられて、いづるはメイコの横顔をふと見やる。メイコの真剣な眼差しに思わず息を飲み込んでしまった。
こんなに真面目なメイコは初めて出会った時以来かもしれない。

「絶対にこの子と一緒に幸せになりましょうね」

メイコの放った言葉がいづるの体内に浸透していく。思わず演奏を止めて、胸の奥が熱くなっていくのを感じていた。
ボーカロイドにも幸せになろうとする意志がある。そのことがいづるの心を温かなもので包み込んでいた。

「もちろんよ」

いづるは力強く頷くと、メイコと共に優しい視線をミクへと向けていく。ミクはというと、不思議そうな顔をして見返していた。
まだたどたどしくあるが、ちゃんとミクにも心の成長の兆しあると思うと、いづるもメイコもやる気が湧いてくるものだ。ふとそんなことが脳裏を過って、二人は顔を見合わせながら微笑んでいた。

歌えない歌姫と不思議な感情 (6/8)

そんなこんなで瞬く間にさらに一週間が過ぎ、だいぶミクとの生活に慣れてきた頃、それは起こった。

「ねえメイコ、ミクを見てない?朝から姿が見えないのよ」

いつものように朝食をしていても、ミクは姿を現さず、呼びに行っても部屋はもぬけの殻だった。家中を捜してみたが、影も形も見当たらない。

「見てませんけど…、何かあったんですか?」

メイコに問われていづるは心当たりを思い浮かべるが、まったくと言っていいほど思い当たる節はない。
自分自身に不備があったのか、それともやっぱり自分達の思い描いていたことは絵空事だったのか。そんなことを考えると気分が重くなる。
いづるは今にも泣き出しそうな表情でメイコに助けを求めるように見つめていた。おそらく、こんな弱々しい姿を見せたのはメイコと出会い、そして共に曲を作り始めて散々叩かれた時以来かもしれない。
いづるは今の自分自身を恥じている。メイコは唇を噛み締めると、そんないづるを見かねたのか励ますように両手をいづるの肩に乗せて一喝していた。

「しっかりしてください!マスターがそんなんで誰がミクを幸せにするんですか!
とにかく、ミクを捜しましょう」

メイコにもいづるの不安な気持ちはよく分かる。メイコにだってミクが姿を消した理由は見当もつかない。
だからといってその場に立ち止まること自体、何の解決も生み出さないことは明白だ。

「そう、そうよね。ごめんね、メイコ」
「マスター、そこは謝るところなんですか?」
「え…?」

真顔で問いかけてくるメイコにいづるは思わず言葉に詰まってしまった。いつの間にかメイコは表情を弛めると、穏やかな笑顔でいづるの身体を包み込んでいく。
その表情はまるで姉が妹を慈しむようで、不思議と安堵感が身体を満たしていた。

「マスターは何も悪くありません。それにマスターがするべきことは謝ることじゃなくて、ミクを迎えることだと思います」

言われてみれは確かにその通りで、いづるはキュッと表情を引き締まる。そんないづるの様子に満足したのか、メイコはほんのりといづるを抱き締める手に力を込めるとすぐに放していった。
すでに二人の中では答えが出ている。後は行動に移すだけだ。いづるはメイコの手を掴むとすぐさま玄関へと向かっていく。

「メイコ、すぐ出かけるわよ!」
「はい!」

声に勢いが戻ったことに、メイコは安堵のため息を漏らす。やはり張り合いのあるマスターと一緒にいられることに充実感を覚えるのだ。

「ありがとメイコ」

そんな中、聞こえてきたいづるの声がメイコの身体に響いてくる。いづるは振り返らなかったが、耳まで真っ赤にしていることがとても可愛らしく思えた。
そして、たったひとつの「ありがとう」という言葉でメイコの自身の身体が軽くなっていくのを実感する。メイコの中で不思議と上手くいくという自信が満ち溢れていた。根拠はなかったが、それでも自分の足が動くには十分な理由だ。

歌えない歌姫と不思議な感情 (7/8)

初音ミクは公園のすべり台の上に腰掛けていた。ただひたすらに時が過ぎていくのを気にせずにじっとしている。
彼女自身、どうしてこんなところにいるのか理解出来ていない。別にいづるの家で過ごすのに不満があったわけではない。
いづるもメイコも自分のことを大切に扱ってくれるし、よく話しかけてくれる。どうして自分に話しかけてくれるのかは分からないが、自分の存在意義が認められたようでとてもありがたい。
ただ、日を重ねるごとに胸の奥からじんわりくる感覚がミクを苦しめていた。未知の感覚。ミクが生まれた時に必要でないとされていたものが、今やミクの大半を占めていた。
いづるやメイコと過ごす日々のことを考える度に胸が締め付けられてしまう。この苦しみから逃れようと家を飛び出したが、まったく胸のざわめきは治まる気配はない。
それどころか、胸の締め付けはますますひどくなるばかりでミクは今にも泣き出しそうな表情をしていた。

「……………」

ミクは無言で空を見上げる。自分の心を表すかのように空はどんよりと曇っていた。
やがて、ミクの頬に一粒の雫が流れ落ちていく。まだ雨は降っていない。ミクの認識ではそう捉えており、どこから雫が溢れてきたのか分からなかった。
そこへもう一粒水滴が流れ、ようやく自分自身の瞳に水が溢れていることに気がついた。ミクは涙というものを知らない。感情を抑えられて、泣くはおろか喜怒哀楽さえ知らなかったからだ。

会いたい。

戸惑い、困惑しているミクの胸の内でこのような感情がどんどんと膨らんでいく。しかし、今のミクにはどうすればいいのか分からない。そのことがミクの胸を締め付け、苦しませていた。

助けてほしい。

ふとそんなことを考えると、いづるとメイコの顔が浮かんでくる。幻でも見たんだろうか。ミクは自分の目をゴシゴシと擦りながらもう一度顔を上げてみる。

「…見つけた」

本当に幻なのだろうか。息も絶え絶えとしたいづるとメイコがそこにいる。夢であったら覚めないでほしい。そう考えるや否や、身体を締め付けられるような感覚がミクを襲っていた。

「…ミク、ミク!」

嗚咽混じりに力一杯いづるに、メイコに抱き締められて、夢ではないことを実感する。不思議と頬にまた熱いものが流れるのを感じていた。
何度も何度もミクの名前を呼ぶいづるに、胸が張り裂けそうなくらいに溢れ出すものがミクの身体を包み込み、身体を熱くさせる。

「……………マスター」

気がつけば、ミクは初めて自分の意思で声を発していた。胸の奥から込み上げてきたものを全力で声に変える。

「………メイコ」

ミクの身体から声が、涙が、感情が形となって湧き出てきて止まらない。今まで押し留めていたものが一気に溢れ出し、ミクを突き動かしていく。

「…マスター!」

今まで塞き止められていたものが決壊したかのように、ミクは二人を求めていった。二人にしがみつきながら、二人の名前を呼び続け、止まることを知らない。
二人は慈愛の笑みを浮かべながら、いつまでもミクの想いを受け止めていた。
公園中にわんわんとした泣き声が響く。そんな彼女達を表すように空からぽつぽつと雨が降ってきていた。

歌えない歌姫と不思議な感情 (8/8)

ミクがはっきりと声を出して歌えるようになったのはそれからのことだ。それまで無かった力強さ、どこまでも通る澄みきった声。これなら、バカな上層部を説得するには十分過ぎると息巻いていたアインスの姿はとても印象的なものであった。
この時、ミクの今後について話し合ったりしているが、ミクが頑なにいづるやメイコの傍を離れようとせず、結局のところアインスが先方に説得するということに落ち着いている。

「…マスター」

そして、いつものように朝を迎えて、ミクはいづるに朝の挨拶にと抱き付いてくる。メイコの一言がきっかけとはいえ、すでに日常の一環と化していた。

「おはよう、ミク」

まだ話すことに慣れてないのか、言葉よりも態度で示しているがいづるもメイコも大して気にはしていない。
ミクは甘えるようにギュッと抱き付いて、それからいづるのお尻を叩くように触ってくる。

「…なっ!?」

抱き付いたり、メイコの真似をしてお尻を触ってくるのはいつものことであったが、こういうふうに自らの意思で触ってきたのは初めてのことで不意を突かれてしまった。いづるはバッと振り返り、ぎょっとした表情でミクの方を見やる。

「……………」

ミクはぎゅっと目を閉じて俯いていた。まるでこれから叱られるのを待っているかのように。
いづるはふとメイコとのやり取りを思い出す。ミクに変なことを教えようとしたり、ミクの目の前で過剰なスキンシップをしてくる度に怒鳴りつけたり、こめかみに手を当てていたりしたことを。
もしかしたら、あれを一種の愛情表現と捉えていたのだろうか。そう考えると、ミクから歩み寄ってきたことが嬉しくて、いづる唇を緩ませてしまう。

「………ミク」

名前を呼べば、びくんと身体を震わせて身構えるミクが可愛く思えて、いづるはそっと腰を下ろすとミクの顔を覗き込んでいく。
まだ目を瞑ったままミクは身を震わせていたが、いづるはフッと一息吐くとミクの額を軽く小突いていた。

「…マスター?」

額を軽く押さえながらおそるおそる目を開いて、ミクはいづるの様子を伺っていく。ようやくミクと目が合って、いづるはとても機嫌良く微笑んでいた。

「もうこんなことをしたらだめよ?」

いづるは悪戯した子供をめっと叱りつけるように指でミクの額を弾いて、それから優しく抱き締める。
ミクはというと、こそばゆさそうにいづるに身を委ねていく。ミクから溢れ出す温かな感情が、いづるの温もりをしっかりと感じていた。
いづるはミクと家族になれたことを心底幸せに思っている。これからももっと幸せで在り続けることが出来るように、再度ミクを抱き締める手に力を込めていた。









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